「仕事は常に人との関わり」

「接遇研修」という言葉を初めて耳にしました。どんなことをしているのですか。
接遇とはおもてなしの気持ちを伝える接し方を言います。私は病院や調剤薬局で医療者の方々を対象に接遇研修を行っています。人は病気になると不安になり、苦痛を抱えやすくなります。そんなとき、患者さんが安心して、快適に治療を受けられるように気配りすることの大切さをお伝えしています。
日本の医療の現場に「接遇」という言葉が初めて登場したのは20年前です。当時の厚生省が「21世紀に向けた新しい医療のあり方」を探り始めました。その中の1つに「患者サービスの向上」があげられ、接遇の重要性がうたわれました。患者さんの快適性や利便性に配慮したサービスが医療に求められるようになったのです。今では多くの医療機関が患者さんに満足いただく病院を目指しており、当社も微力ながらそのお手伝いをさせてもらっています。

一般にサービス業でいわれるマナーと違いがありますか。
マナーは日本語に訳すと行儀・作法です。相手に不快感を与えないための礼儀作法です。しかし医療の場合、それだけでは患者さんの気持ちに寄り添うことができません。病気から気弱になっている患者さんや家族の方の心をしっかりと受け止めていく接し方が必要になります。思いやりや優しさが必要なのです。思いやりや優しさは本来誰もが持っていると思いますが、形に表さなければ伝わりません。研修では伝えるための表現力を養っていきます。

コミュニケーションの方法も含めて考えてもらう、ということですね。一般のマナー研修に比べて数倍も難しそうですが、最初からこの仕事をしようと思って入社したのですか。
営業にあこがれて入社したのですが、そのころ会社に営業職での女性採用はなく、薬品の受注係をしていました。3年ほど経ったころ、上司から営業をやってみないかと声をかけられたのです。あこがれだった営業の仕事を始めたときはとても胸がワクワクしたことを覚えています。営業では3年間頑張りましたが、社内コミュニケーションが上手くいかない問題点が自分にありました。分からないことや聞きたいことがあっても聞くことができない。初めて大きな挫折感を味わいました。

どうやって乗り越えられたのですか。
仕事を続けるのは無理かなと考えていたとき、薬品や医療材料などを適切に管理して病院内物流のコストを削減する新しい仕事を担当するようにいわれました。その後、医薬品を分割して販売する仕事にも2年携わりました。ちょうどそのころ、上司から現在の接遇の仕事をすすめられました。最初は「人前に立って話す仕事は私には無理だと思います」といって断りました。

上司との間に信頼関係が育っていないと転部とか、異動の話を断るというのは勇気のいることだと思います。石田さんは上司に恵まれていたのですね。
部署の異動とともに何人かの上司にお世話になりましたが、いつも私にとってよい方向に導いて下さったように感じています。20代のころは社会人として組織で働いている自覚が足りず、上司にはずいぶん迷惑をかけたように思います。
大事なことを決めるときに相談できる家族の存在も大きかったですね。祖父や両親、学校の先生からのアドバイスがあって今の私があるのだと感謝しています。

何か印象に残っていることがありますか。
私は初孫だったこともあって、母方の祖父にずいぶん可愛がってもらいました。私が社会人になるときに苦労人の経営者だった祖父から言われた言葉があります。「どんな仕事でもいい。人の役に立つ、人から喜んでもらえる仕事をしなさい」と。祖父はすでに他界していますが、今でも私の心の支えになっている人のひとりです。

接遇講師として5年になると伺いましたが、今の仕事のどんなところに魅力を感じていますか。
接遇研修には、病院長や看護部長、事務長も参加されます。お会いして、お話を伺う機会は私にとって大変貴重です。また、「とてもよい研修会をありがとうございました」と感謝のお言葉をいただくことがあります。お得意先に喜んでいただけたときには本当にやりがいを感じます。営業のころは自分が商品を売ることで会社の利益を得ることに喜びを感じていましたが、それとは違う喜びが今はあります。
お祖父さんの言われた「人に喜んでもらえる仕事」ですね。
今「それをしている」と実感できることが多くなりました。また、自分が役に立っていると感じると、もっともっと勉強してお役に立ちたいという気持ちになります。人に喜んでいただくことが、自分自身の喜びにもつながることを祖父が教えてくれたように思います。

将来はどんなことをしたいですか。
機会があれば、他のサービス業での接客も勉強してみたいです。仕事柄、道内各地のホテルに宿泊したりお店に行ったりしますが、気持よいサービスに出会えるとうれしくなります。しかし、観光客がお店の人に苦情を言っているところを目の当たりにすることも度々あります。私は生まれ育った北海道が大好きです。北海道全体のサービスの質向上に自分の経験が役立てばとも考えています。それから、もし10年後もこの仕事をしていたら、これまでの経験を本にまとめてみたいです。もちろん独りでは無理です。今まで出会った方々との関係づくりがしっかりと出来ていたら可能だと思います。

「接遇」を起点にして、どんどんと世界が広がっていきますね。ところで、仕事でストレスを感じることはありませんか。
仕事ですから、気分が沈んでいるときでも人前で話をしなければなりません。そんなとき、ストレスを抱え込んでしまうと自分自身がつらくなります。ストレスを発散できる趣味を持つことは大切ですね。私は、社会人になってから始めたマラソンが趣味になりました。走って、汗をかいて、空を見上げる。明日からまた頑張ろうという気持ちになりますね。

お話を伺っていて、人との関わり方をずっと大事にしてきたことが節目節目で生きている、と感じました。社会人の先輩として若い人たちに一言を。
世の中や周囲の人に惑わされない自分のペースを見つけることはとても大切なことだと感じます。そうすれば、早くても遅くても自分の足でしっかりと歩むことができます。そして時々立ち止まって考えるときがあります。そのとき、自分を支えてくれている人、家族、友達、先生を頼りにしていいのです。その人の話にしっかり耳を傾けて、自分の気持ちを率直に話してみることが大切な気がします。社会に出ると仕事は常に人との関わりなのです。

「普通」の人が自分のペースで、地に足をつけて歩む。若い人に勇気を与える言葉ですね。ありがとうございました。
【編集後記】
石田八千代さんは大手医薬品卸会社の接遇インストラクターだという。マナー研修などついぞ受けたことのない自分としては、変な質問をして失礼になってはいけないと気にしながらインタビューに臨みました。そんな心配は杞憂だったとすぐに分かりました。さすがは接遇のプロ、ご自身の人柄の良さが物腰全体ににじみ出ていて、安心感を与えてくれるのです。石田さんの今を支えているのは、家族関係はもとより、さまざまな人間関係を良好に保つ努力の結果なのだと感じました。ありがとうございました。(ただたん)