![]() 「行き詰まったらいろんな人に話し、聞いてみよう!」みなさん、こんにちは!今回のインタビューは、幡本印刷株式会社代表取締役社長の加藤 景さん(36歳)にお話を伺います。加藤社長、よろしくお願いいたします!
企業や商品PRのためのパンフレット、集客や販売促進のためのチラシやポスター、ポイントカード、等、ほかにもまだまだ沢山ありますが、まとめる
と会社やお店がある目的のために作る、商業印刷物ですね。 ライジング・サン・ロック・フェスティバルのポスターを見たことはありませんか?あれも当社で
印刷したんですよ。
実はですね、もともとはホテルマンだったのですが、職場で今の奥さんと出会ったことがきっかけです。奥さんの実家の家業が印刷業だったので、結婚後に修行して、継がせていただいて、今の自分がいます。これは運命ですね。
きつかったですよ。先輩の教えも厳しくて、怒られることはしょっちゅうでしたね。礼儀作法から言葉使い、接客、電話応対などみっちり鍛えられまし
た。ベルボーイを2年経験して、その後いきなりフロント業務に異動!と言われたときには「首はタテにしか振ってはいけないんだな」というのを悟りました。
そして職場で出会った現在の奥さんと結婚し、印刷業の世界に入っていったのです。
もう、運命だと思いましたね。心の中では、学歴の壁を気にすることなく、物事を考えることができ、攻めていくような仕事環境を求める気持ちがあったかもしれません。幡本印刷に入社し、初めは事務や雑用からスタートしたのですが、その後印刷業の子弟が多く通う、東京の日本プリティングアカデミーへ2年間通いました。日本で唯一の印刷業専門学校で、経営の仕方、印刷技術や研究・開発など沢山のことを学びました。宿題がとても多く、嫌と言うほど勉強させられました。別名、印刷道場とも言われていて、リタイヤする人も多かったですが、自分は必死で勉強しました。卒業後は営業マンとして仕事をしました。
![]() 失敗談はありますか?
ありますよ。普通、仕事をもらう度に、見積もりを出します。あるとき、頼まれるままに、どんどん仕事を請けすぎて、見積もりの発行が遅れていき、
気が付いたらお客様の年間予算を上回っていたのです。当然、こんなに沢山のお金は払えませんとお客様に言われてしまいます。当時の社長(現在の会長)と一
緒に謝りにいきました。今は、そんなことはないですけどね。
嫌われないようにしようではなくて、相手の喜ぶことをしようという心がけをしていますね。どんなに安くて、どんなに素敵な印刷物を作れても、ま
た、どんなに仕事をもらえても、「だけどあいつなんとなく嫌いだな」って言われたら終わりだと思っています。それはホテルの仕事をしていたときからずっと
そうですね 。
小学生と幼稚園の子どもがいるのですが、伝えたいことがあるとき、ちゃんと向き合って目を見て伝えることを大切にしています。新聞やテレビを見ながら子どもに何か言ってもぜんぜん聞いてくれません。家庭も仕事も一緒だなと思います。子どもからも沢山学ばせられますよ。
自分で作った言葉ですけど、アホみたいに明るく前向きな「アホポジティブ」で、くよくよ考えないようにしていますね。くよくよ考えるより、どうしたら苦境を乗り越えられるのか?という方法を探すこと、考えることにパワーを使うようにし、たくさんの人にどう思う?と問いかけてみますね。お客様から伺った話ですが「情報の発信量に比例して、自分にも情報が返ってくる」という言葉は当たっていると思います。思い返してみると、高校生で将来が決まらずにいたときも、友達に「どう思う」ってよく聞いてましたしね。 これからの目標としては、みんなが幸せになれる仕組みをいっぱい考えていきたいですね。家族や、社員や、お客様、協力会社様。それぞれ、幸せの基準は違いますが、ひとつずつ「幸せってなにか」と考えていきたいですね。 そして、勉強大嫌いだったのに、勉強しなおしたいなぁって思ているのです。教科書を必死に暗記するような勉強ではなくて、物事の背景や内容、真の意味やねらいを考えて理解する力をもっと身につけたいですね。
目標や夢をみつけることに、焦る必要はないと思います。それよりも、家族とは何か、友達とは何か、学校は何をするところかなどひとつひとつの真の
意味を考えて理解していってほしいと思います。 生まれや育ち、しつけられ方はみんなそれぞれ違うので感じ方も意味も違うかもしれません。ひとつひとつ整
理しながら自分にとっての意味を理解していくことで、目標や夢が見えてきます。 将来どうしたいとか、やりたいことが分からない、何から手をつけていいか
分からないと悩んだりするのは、経営者も同じだなと思います。社会全体も悩んでいるのではないかな。そんな気がしています。人は成長したり立場が変わった
りして、出会う人の種類も、夢や目標もスケールが大きくなっていきますからね。
【編集後記】 |
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高校3年生の時ですね。母親から「高校卒業したらどうするの」「何したいの」なんて何度も聞かれたのですが、進路のことなんてなんにも考えてな
かったんで、「勉強は大嫌いだから大学に行く気はない」とか、「車が欲しい、自動車免許が欲しい」なんてことを話してました。「車買うにも免許とるにも働
いてお金稼がなきゃならないなー」と思ってるうちに、母から「ホテルマンなんてカッコいいからいいんじゃない」って言われたんですよ。 で、友人に
「なぁ、ホテルマン、どう思う」なんて相談して、いろいろ考えるうちに二人で意気投合して、一緒に一年制のホテルマン養成の専門学校に通ったんです。だか
ら、もともとの動機は「車が欲しい」「お金が必要」「なんの仕事する」「だったらカッコいいホテルマン」「じゃあ専門学校だ」という流れですね。 専門学
校の実習で行った札幌の有名ホテルから声をかけられ、そのままにそこに就職しました。思い返すと、母親は常に気にかけてくれて、いろいろと話をして、そば
にいてくれたんですね。当時はそんな風には考えもしませんでしたが、今はとても感謝しています。
ものすごくカッコいい、良いデザインの印刷物を制作する商談をしていて、そのこと自体をクリエイティブだと感じるようになったころから楽しくなり
はじめ、お客様の求める結果や効果を、印刷物で出すにはどうすれば良いかを考えることに魅力を感じていきました。提案した印刷物によってお客様の売り上げ
が伸びると最高に嬉しいですね。 それから、ホテルマン時代に、段階をふみながら先輩から厳しく教えられたことが、社内教育のノウハウとして今の仕事にも
生かされています。今は、社長として経営者として社内を盛り立て、引っ張っていくことが、最大の関心事ですね。



