キャリア教育との出会い(5)

 社長との面接。「肩慣らしにこの企画を作ってみないか」と渡されたのがS市教育委員会から出た公募案件だった。
この企画との出会いこそが、キャリア教育との出会いだった。

 S市立高校の8校を対象とした職場体験学習(インターンシップ)のコーディネート業務や就職対象者に対するキャリア・カウンセリング。そして総合学習的な学習の時間における3学年分のモデルプランの作成を行う業務を1年間にわたって先生たちと一緒に仕事をすることが出来たことが、自分にとって、とても大きな経験となった。
 なかでも、総合的な学習の時間のモデルプラン作成にあたっては、実際に生徒の前に立ち、自分のつくった授業プランで授業を行うことも経験し、先生の大変さや苦労を身をもって感じることができたことが、いまの自分を創っていると言い切っても良いくらいの体験であった。

 キャリア(career)の語源は「轍(わだち)」ということを、キャリア教育に携わっている人なら一度は聞いたことがあると思う。人は誰でも、自分の将来を展望する時、「自分は何をして来たのか」「何できるのか」など自分の過去を振り返る。それは自分の「轍(わだち)」を振り返ることだ。

 平成17年度から実施された経済産業省の「地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクト」が平成20年3月31日に終了した。これから新しい展開が待っている。

僕も自分の「轍(わだち)」をもう一度見つめ直し、これからの行き先を考えてみたい。

りきたん@HPはリニューアルして再開いたします!いましばらくお待ちください。
 

キャリア教育との出会い(4)

R社でのキャリア・カウンセラーの講習(GCDF-JAPAN)は新鮮そのものだった。
「働くこと」と「生きること」がつながったような気持ちになった。
自分自身がオトナになりきれていないことや、弱点をそのまま受け入れる気持ちにもなっていった。

一方で、北海道全域を周り「一人あたり50分程度のカウンセリングでうまくいくのだろうか」と不安もあった。

「新規高卒者就職支援プロジェクト」は北海道が主催。現在ジョブカフェ北海道で行われている「学校派遣カウンセリング事業」の前身にあたる事業で、違うのは、高校へ出向いて行うのではなく、土日に高校以外の会場で1日目はセミナー。2日目にカウンセリングを行うものだった。

セミナーは、これまでの経験が役にたった。保険会社にいた頃も新商品の説明会や、代理店研修会にもかかわらず、拍手をもらうことがあったし、コンサルタント時代はビシビシと嫌になるぐらいしごかれていた。

そしてカウンセリング。他人(ひと)の話を50分間、傾聴することは予想以上に体力を消費することがわかった。多い時で5~6人の高校生とのカウンセリング。カウンセリングが終わった後は、眠たくて眠たくてしょうがなかった。
傾聴だけではなく、的確な助言など進路決定に対して自発的な行動を促す気づきも与えてあげなくてはならない。毎日が勉強の連続だった。

いまこうして振り返って見ると、とその頃勉強した財産が今に生きていると思う。

そして、その日がやって来た(NHKのいま歴史が動いた みたい・・・)

とある定時制高校の生徒がやって来た。
守秘義務の関係でその話をここには記載できないが、衝撃を受けた。
「カウンセリングだけでは解決しない問題がある」

そこから、キャリア形成やキャリア教育という分野があることを知り、その世界を勉強しはじめた。

R社での半年はあっという間に過ぎていった。

当時、ジョブカフェ事業が全国のいくつかの地域で展開されるということを、R社の担当者から話を聞いていた。一緒に働いていた仲間も北海道でもジョブカフェが出来ることを期待していたが、R社は北海道ではやらないということを知り落胆していた。

僕は大阪でジョブカフェができたら、そこに行こうと決めていた。こういったプロジェクトの創業にかかわりたかった。
かみさんも賛成してくれていたが、だんだん無口になっていった。

そんなある日、いまの会社から電話があった。一度受験して落ちた「いま」の会社からである。
「いま、どんな仕事しているの?保険の仕事があるんだけど、一度話を聞いてみてくれませんか?」というものだった。

僕は大阪に行く前に、本番の面接を受けて、それをセミナーなどの材料にするつもりで、気軽に面接に行くことにした。

当日、僕の履歴書と職務経歴書を見た担当者が「ちょっと待って。うちでやってみない?」と言われ、直ぐに社長との面接がセッティングされた。

(つづく。  次回で完結を目指します)

キャリア教育との出会い(3)

「キャリア・コンサルタント」になる道が閉ざされた。

生活していかなければならない現実もあった。

色々考えたが、「コンサルタント」つながりで、地元の会計事務所系のコンサルティング部に就職した。

「キャリア・コンサルタント」と「経営コンサルタント」。全くつながらない仕事だとは思ったが、「いま」に生かされていることがたくさんある。セミナー講師や企画書作成、企業情報。そして何よりもここの社長に一から「あいさつ」や「ビジネス・マナー」などを鍛えられたことが大きかった。

2年ほど経過したある日、地元新聞にR社からの求人記事が出た。

「新卒高卒者就職支援プロジェクト 就職アドバイザー募集 」 しかも初心者Ok。R社のキャリア・カウンセラー要請講座を受けられるという特典つきだった。しかし、雇用期間は約半年。
迷ったが、応募することにした。

説明会&筆記試験(SPI)&一次の集団面接に行って驚いた。200名以上は来ている。
SPI対策も何もしていなかった。集団面接でも自分をアピールできたかわからなかった。手ごたえを感じないまま帰宅した。

1週間が過ぎようとした時、2次面接の連絡があった。
奇跡だと思った。

二次面接は普通に受けることができた。

そして合格!

実は大学生の時、先輩から誘われてR社を受験した。最終面接で「君は純朴すぎてうちの社風にあわないかもなぁ」と言われ落ちた経験があった(純朴って何?)。

こうして、キャリア・カウンセラーの道に入ることができた。

(つづく。・・・・なんだか自伝みたくなって来た。意図からそれているかも?)

キャリア教育との出会い(2)

僕より優秀な同僚や先輩が、失望の中、会社などから斡旋される転職先に就職を決めて行くなか、僕は北海道に帰ろうとだけ決め、北海道に帰ってから就職を探そうと考えた。
「北海道に帰っても就職なんかないぞ」と言われもしたが、どうせやり直すのなら、大好きな北海道でという思いが強くなったからだ。

仕事が決まらないまま、八戸からフェリーに乗り苫小牧経由で札幌へ向かった。

それから何日かして、引越しの荷解きも一段落し、再就職支援会社の札幌支店に通うようになった。
その再就職支援会社と破綻した会社との契約は4月いっぱいで終わる予定となっていたが、キャリア・コンサルタントという仕事に興味を持った僕は、1ヶ月間だけ個人契約で支援を受け続けることにした。その時には自分もキャリア・コンサルタントになりたいと思うようになっていた。

ハローワークに行くと、たくさんの人が仕事探しにあふれていた。でもみんな表情は無く、希望を持った表情をしている人はいなかった。
僕はキャリア・コンサルタントの方のお陰で、希望を持って失業している期間を過ごすことが出来ていた。
ハローワークに来ている人や元同僚のことを思うと、どうしてキャリア・コンサルタントの人を頼らないのだろう?と思っていた。

そんなとき、いま勤めている会社に求人があることを、キャリア・コンサルタントの方から教えてもらった。
職種は営業だったが、人材会社に入ればキャリア・コンサルタントになるチャンスはあると思い応募した。

でも、世の中そんなにあまくは無かった。
一次面接の後、二次面接。その間1ヶ月半くらいかかったが、結果は不合格だった。
「経験も資格も無い」という理由だった。

(つづく)

キャリア教育との出会い(1)

高校生などを対象とした職業講話の中で、たまに自分のキャリアを話すことがあります。生々しく話すと、ショックを与えてしまいそうなので、サラッとお話をしてます。

「キャリア教育」の仲間を増やす1年と決めた2008年。僕の「キャリア教育」に関する原点のお話をご紹介します。

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僕がキャリアを考えるようになったのは、2000年の5月。当時勤めていた損害保険会社が突然破綻したことがきっかけだった。

その知らせは車の中で聞いた。ゴールデン・ウィークに入る直前の休日。桜と武家屋敷で有名な角館へ行く途中、車中で聞いていた朝のラジオニュースで......。

つめかけるお客様や関係者との対応の中で、働くことや会社のこと、将来のことを考えていた。
これまでやってきたことは、なんだったのか?35歳という年齢で、まともな再就職なんかできるのか?
それでも、食べていくだけなら、なんとかなる。なんて考えてみたいりしていた。

破綻から半年が過ぎても、事業継承をするために交渉していた会社と合意は無く、正式に解散が決まった。

その時、再就職支援会社から「キャリア・コンサルタント」を紹介された。今でいう「キャリア・カウンセラー」だ。こんな仕事が世の中にあるのかと初めて知った。
「キャリア・コンサルタント」から仕事を紹介してくれるものと思っていた同僚は、仕事を紹介せず、カウンセリングや再就職のノウハウを教えてくれるだけ(?)の「キャリア・コンサルタント」に失望していたが、僕の心は楽になって行った。

キャリアコンサルタントのお陰で、「食べていくだけ」とは言わずに、もう一度自分の生き方(キャリア)について考えてみようと考えはじめることができた。(つづく)